■偉人にインタビュー⁉︎
旧石器時代から現在の令和時代までさまざまな出来事が起こった日本。その歴史は、数々の人によって動かされてきました。もし、日本史の教科書で紹介されるような人物に、今、話を聞いたら何を語るのか? そこで、伝えられてきた偉人それぞれのイメージと実績がわかるインタビュー風の記事を作成。
今回登場してくれたのは、“鳴かぬなら殺してしまえホトトギス”でお馴染みの織田信長さんです!

尾張(愛知県)出身。桶狭間の戦いで今川義元に勝利したことで一躍有名に。
その後も数々の戦に勝利し、順調に天下統一へと近づく。
しかし、あと一歩というところで本能寺で明智光秀に奇襲を受け、この世を去る。
織田信長にインタビュー!
(ちょっと怖いな)。あ、えっと……あの、信長さん、今日はよろしくお願いします。
織田信長ああ、インタビューだよね。聞いていたよ。今日はよろしく!
(機嫌はいいみたい)。は、はい。では、まずご出身から。
織田信長尾張国、今でいうと愛知県になるのかな。こう見えても昔は結構やんちゃしててね。恥ずかしながら地元では“尾張の大うつけ”なんて呼ばれてたんだよ(笑)。
(こう見えても……)。え、そうだったんですか? 全然想像がつきませんよ〜。
織田信長いやー、でも、大人になってからもヤリすぎたなって思うことも多々あるんだけどね(笑)。
(ずっとやんちゃなんだ……)。た、例えばどんなことでしょう?
織田信長延暦寺に火を放って焼き尽くしてみたり。まさかあんなにゴウゴウ燃えるとはね。今でいう“炎上”ってやつかな(笑)。
(全然笑えないし、しかも炎上の意味違うし……)。もしかして、それがきっかけで信長さんは有名になったんですか?
織田信長残念ながら、それじゃないんだよ。私の場合は、桶狭間で今川義元さんを倒したことだね。当時、私は17歳。周りからすれば経験のないただの若造なわけだ。そのうえ兵力も乏しい。今川軍が25,000の兵に対し、私の軍は4,000の兵しかいなかったから。
(やっとまともな話をしてきた)。経験も兵力の差もあったわけですね。
織田信長そう。そこで私は考えたわけだ。戦に勝つのではなく、「今川義元を討とう!」と。要は大将さえ倒せば、戦に勝ったと解釈されるからね。そうすれば、無駄な労力も兵力も使わなくて済むし(笑)。
(ちょっとズルい考えな気もするけど、効率的ではあるかも)。それでどういった戦略を?
織田信長今川の軍に奇襲攻撃! ということでいきなり本陣に突撃! そして今川義元の首討ちとったり! って感じだね。
次の日には、私が桶狭間の戦いで勝利したことが広まって一躍有名になったわけだよ。
(今川義元さんもまさかだっただろうな。ジェネレーションギャップとか感じてそう)。すごいトリッキーな戦略ですね。
織田信長そうだろう。あとは、長篠の戦いかな。当時、戦国最強と呼ばれた武田軍にも勝ったことだね。
(今度はどんな手を使ったんだろう?)。どうやって勝ったんですか?
織田信長鉄砲を使ったんだよ。そのとき日本では、あまり使われていない武器だったから、最強と呼ばれた武田軍も見たことなかったんだろうね。銃を撃った瞬間、本当に鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしてて(笑)。
もう一瞬で相手は困惑。正直、イージーな戦だったよ。
(信長さん、鳩が豆鉄砲を食らった瞬間見たことあるの?)。す、すごい快進撃ですね!
織田信長ああ。だから、本能寺で襲われたときはまさかまさか。しかし、アイツに何か恨みを買うようなことしたかな……。
まとめ
常識にとらわれず、効率を重視して戦で勝利をおさめてきた織田信長さん。コスパやタイパなどが言われる現代に通ずる思考を持った武将でした。